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  • 2016.04.28 Thursday
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トップアスリート名語録〜第29回〜

こんばんは。ハチです。


今日のトップアスリートの名言


これで大丈夫と思った時が、

終わりの始まりなんですよ。

〜野球 松井秀喜

大リーグ4年目を迎えた松井秀喜は「松井という選手の評価が定まる時が来ているのでは」と聞かれて、こう答えたという。

手首を骨折したシーズン以外は100打点を確実にあげている松井は、「チャンスに強い選手」である。
だが、松井は満足することなく、「まだまだ先がありますよ」と答えている。
大リーグに挑戦当初、松井は「ゴロキング」と揶揄されたように多くの問題を抱えていた。
課題を克服して、2年目に31本のホームランを打つ。ところが3年目にホームランは23本に減った。
なぜか。
自分では「これでやれる」と感じていたが、相手投手の攻め方が大きく変わり、それを上回ることができなかったからだという。相手の攻め方の変化を上回る進化を遂げないとダメなのだ。
現状維持は後退と同じことだ。どれほどの成果をあげても、そこに安住すると、松井ですら、
あっという間にライバルに抜かれてしまうのである。




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  • 2008.10.25 Saturday
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トップアスリート名語録〜第28回〜

こんばんは。ハチです。


今日のラストは、トップアスリート名語録でシメです。


もっと世界に挑戦してほしい。

世界という舞台で戦うことは、

つらさ以上に、

自分自身だけが

感じる喜びがあるんだよ。

〜ゴルフ 青木功

青木功が「世界を視野に戦いの旅に出たい」と決意したのは、1978年のことだ。
ライバルのジャンボ尾崎がほとんど世界に出なかったのに対し、青木はその年、世界マッチプレーに優勝している。1980年の全米オープンではジャック・ニクラウスと死闘を繰り広げ、1983年には日本人初のハワイアンオープン優勝を果たした。1992年からはアメリカのシニアツアーに参加するなど、今も世界で戦い続けている。

 


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  • 2008.10.24 Friday
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トップアスリート名語録〜第27回〜

こんにちは。ハチです。


これから雨が降りそうですね。空が暗い。


今日のアスリート名語録は


もっと知りたい、

もっと学びたい。

こうした好奇心を失わないことで、

人は成長していくのだと思う。

〜水泳 イアン・ソープ

イアン・ソープは、わずか15歳でオーストラリアの水泳代表となり、シドニーとアテネの両オリンピックで金5つと銀2つ、銅1つを獲得。世界水泳でも通算11個の金メダルを手にしている怪物だ。2006年に現役を引退したが、現役時代には
「完璧な泳ぎができたら僕は引退するよ。でもそんなことは起こらないから大丈夫」など常にポジティブだった。この言葉も成長し続けることの大切さを語ったものだ。
アスリートは永久に現役でいられるわけではないが、現役時代に「もっと上」を目指した気持ちは、引退後も人生を助けるに違いない。




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トップアスリート名語録〜第26回〜

こんばんは。ハチです。


珍しくボウリングの疲れ抜けておらず、体がダルいです。


ストレッチが足りなかったかな、股関節がギシギシ痛むんです。


と泣き言はこれくらいにして、


名語録いきます。


昨日のボクより

上手に乗れるようになっていたい。


〜競馬  武 豊

岡部幸雄のJRA歴代最多勝記録2943勝を2007年に塗り替えて、今も勝ち星を積み重ねている天才ジョッキー武豊の言葉だ。目指しているものを、こう話している。
「何勝したらいいとか、勝っていないから調子が悪いんじゃないかとか、そういう感覚はなくなりましたね。
かりに3勝、4勝できた日でも、自分のミスで負けたレースがあればそっちのほうが気になるし、逆に一つも勝てない日でも、ミスをしたレースがなければ、にこやかな気持ちでいられる」

結果に一喜一憂するのではなく、一日一日、自分がどれだけ進んだかを見る。
昨日より今日、今日より明日と小さく進み続けることこそ「進化」である。




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  • 2008.10.22 Wednesday
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トップアスリート名語録〜第25回〜

こんにちは。ハチです。


今日のアスリート名語録は


妥協、限定、満足

は禁句ですよ。

あくなき挑戦あるのみ。

〜野球 野村克也

日本を代表する名捕手であり、打撃でも戦後初の三冠王や8年連続の本塁打王となった、名監督・野村克也は「自分は不器用だから一流になった」と断言する。テスト生からレギュラー入りして4年目に打率3割で本塁打王になったが、翌年から打率は2割台に落ち、本塁打も減った。誰にも負けない練習をしていたが、不器用な自分には努力だけでは超えられない壁があると気づき、そこから頭を使いデータを活かす独自の工夫をし、大打者へと変身を遂げた。壁を超えられないのは途中で妥協するからであり、四六時中考えていれば必ず打開策が見えてくる。

 


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  • 13:20

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トップアスリート名語録〜第24回〜

こんにちは。ハチです。


過ごしやすい陽気ですね。外にいると気持ちいいです。


今日のトップアスリート名語録


何でも知ってると思うなら、

それはもうすでに

死んでいるということだ。

〜レスリング カール・ゴッチ

カール・ゴッチは「プロレスの神様」と呼ばれた名レスラーである。
現役引退後もトレーニングと技の研究を欠かすことはなく、「ゴッチ教室」では、アントニオ猪木に卍固めやジャーマン・スープレックスを伝授し、フロリダ州タンパの「ゴッチ教室」では、藤波辰巳や藤原喜明、前田日明らの指導をした。

学べば学ぶほどおのれの未熟さに気づかされるところに武道の奥深さがあるというが、このゴッチの言葉にも、同じような深い響きがある。





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  • 16:24

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トップアスリート名語録〜第23回〜

こんばんは。ハチです。


昨日、このトップアスリート名語録シリーズ、更新忘れました・・・。


気をとりなおして、今日の名言いってみましょう!


多くの人が

「私にはそんなことはできない」

「難しい」と言うが、

やってみてもいないのに、

なぜそう言えるのだろう。

〜サッカー ドゥンガ


ブラジル代表としてワールドカップに3大会連続で出場し、優勝した1994年のアメリカ大会ではキャプテンを務めたドゥンガ。彼は派手なプレイヤーではないが、味方を鼓舞し続ける「鬼軍曹」だと高く評価されている。1995年からはジュビロ磐田でプレーし、「口うるさいオヤジ」と言われながらもプロ意識の低かった選手を叱咤激励し、磐田が強豪チームへと変わる基礎を築いた一人と言える。

ドゥンガのこの言葉は、次のように続いている。
「試してもいないのだから、当然できないだろう。
簡単なことだったら誰でもやっている。
難しければ難しいほど、
痛みが伴うなら伴うほど、
犠牲が大きければ大きいほど、
やり遂げた後の喜びは大きくなる。
困難を乗り越えて得たものの価値はそれだけ高まるのだ。」


「私にはできません」は自分で自分の限界を決める言葉だ。
心して避けたい。






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トップアスリート名語録〜第22回〜

こんばんは。ハチです。


今日のアスリート名語録


いま時期尚早という人は

100年たっても

時期尚早と言うだろう。

〜サッカー 川渕三郎


早稲田大学、古川電工を経て東京オリンピックにサッカー日本代表として出場後、初代Jリーグチェアマンとなった川渕三郎。彼がJリーグ発足前の会議で「プロリーグをつくるのはまだ早いのでは」と渋る理事に言った言葉だ。

確かに、メキシコオリンピックで銅メダルを獲得してとはいえ、当時の日本サッカーはワールドカップに出場したことがなかった。しかし逆に、出場のためにはプロリーグが必要だというのが川渕の考え方だった。川渕の決断がなければ、Jリーグ発足も、ワールドカップの出場や招致も遅れていたと言われている。





 
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トップアスリート名語録〜第21回〜

こんばんは。ハチです。


今日のトップアスリート名語録。


「不可能」の反対語は

「可能」ではない。

「挑戦」だ。


〜野球 ジャッキー・ロビンソン


ニグロ・リーグからブルックリン・ドジャースに入団、黒人初の大リーガーとなったジャッキー・ロビンソン。
当時の大リーグは有色人種を排除しており、仲間達は彼の大リーグ入りを「不可能」と言った。そんな仲間に決意を示した言葉がこれだ。

実際、ジャッキーは厳しい差別と反発に対して、反発ではなくプレーで応えた。
新人賞を受賞し、それ以後もMVPや6年連続打率3割達成などの実績を残した。
彼の背番号42は、全球団共通の永久欠番となっている。
ジャッキー・ロビンソンの挑戦があったから、大リーグは有色人種に門戸を開き、それが全体のレベルアップにつながり、今日の隆盛をもたらしたと言われている。

不可能に挑戦する勇気を持った者は、自分だけでなく世界をも変えるのだ。





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トップアスリート名語録〜第20回〜

こんばんは。ハチです。


なんか久しぶりな気がする、アスリート名語録。


今日の名言は・・・


他人の言うことなんて

聞いていたら、

並みの選手です。


〜野球 権藤 博

権藤博は現役生活こそ8年だったが、最初の2年間は
「権藤、権藤、雨、権藤」と言われるほど多く登板し、35勝、30勝という大活躍をした。
しかし、登板過多で肩や肘を壊してしまい、その後は監督、コーチに転身して成功する。

その指導は管理型ではなく、選手の個性や自主性を尊重した。
「プロなのだから、練習もプロらしくあれ」がモットーで、こうも言っている。
「投手も10勝まではコーチ、監督の力で何とかできる。それを上乗せするのが個人の自己管理であり、感性であり、陰の努力です。」






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